名も知らぬ液晶越しの少年へ
名も知らぬ液晶越しの少年へ
君の元にも 花咲くように
ツイッターではとかく「10年経ったからといって…」みたいな意見を見るけれど、そういう向き合い方もあるんじゃないのかな、と思って筆を取った。
人間、辛いことにはあまりずっとは向き合えない。
でもこの日だけは、各々が思い出して、みんな自分の大切なものに向き合って、備える日であればいいと思っている。
10年前の今日、私は中学校の卒業式に出ていた。
初めて髪を巻いて、最大限おしゃれして、泣くつもりなんてなかったのに、3月11日に、「3月9日」を歌うってなんかおもろいな、なんて話していたけど、割としっかり泣いた。午後には帰宅して、夕方からの最後のクラス打ち上げに向けて髪を巻き直しながら、遅めの昼ごはんを食べていたと思う。食べ終わって、テレビを見ていた時だった。
14:46、画面の上の方に速報が流れる。東北で、震度7。
「やばいんちゃう、これ」一緒に画面を見ていた母がそう言って、すぐNHKに切り替えた。確か、東京の方でもすごく揺れて、何かが燃えてる、と伝えられていた気がする。加えて、津波が来るので、早く安全な高いところに逃げろ、とも。関西に住んでいた私は、行ったこともないところでとんでも無いことが起きているな、と思っていた。
そうしてぼーっと見ていたら、とんでもない映像が流れてきた。
津波?3mっていってたやん。3mってこんななるん?
訪れたこともない、でも誰かの住む土地が、汚い水に飲み込まれていく。どこか知らない国の出来事のようで、でもはっきりと、地続きの私の住む国の光景だった。
16時過ぎには家を出たんだと思う。待ち合わせ場所に行くと、地震があったなんて知らないクラスメイトもいて、私は同じ部活の男子と「なんか、向こうのほう、大変なことになったなぁ」と言葉を交わした記憶がある。
帰ってきたら気仙沼が燃えていた。
本当にこの世の光景か、と思った。この時代に、ウン100人が一気に亡くなることなんて、あるのか、と愕然とした。夜はなかなか眠れず、早朝に起きだして小さな音でテレビを見た。昨日ニュースを見た時より、死者が増えていた。
本当に、とんでもないことが起こった。
数日経った頃のニュースだったと思う。今でも忘れられない子がいる。
現地で密着取材だった。お母さんが見つからない、と男の子と、その子のおばさん(お母さんのお姉さんだったと思う)が探していた。
そこへ、車があった、と別の人が来る。アニメやドラマなら、ここで感動の再会なのだけれど、何処かの屋内駐車場で、泥で汚れて、フロントガラスにはヒビが入っていて、あの濁流にのまれて流れ着いてきた車だ、とわかってしまう。こんな大きな声で周りが呼んでいるのに、車の中から返事はなく、絶望してしまった。おばさんの方が「人がいる」「お母さんかな」と男の子に言う。どうか、この子のお母さんは、連絡は取れなくて、避難所にいてほしい。お母さんだったら、どうすればいいんだろう。
その時、お母さんかな、と問われた男の子が「お母さんじゃなくても、助けたらいいよね」といったのだった。
10年経って、成人した今でもどう言えばいいのか分からない。彼にどう声をかけるのが正解なのかもわからないし、同じ立場で彼のように言えるかもわからない。
3月11日が来るたびに、私はずっと、思い出すんだと思う。画面の中の少年を。
被災地に住む人達は、一生「被災者」として見られてしまうのだろうか、と思ったことがある。
成人式を見た時だった。あまり最近は「荒れる成人式」みたいなことはなくなったけど、華美な衣装で自己を表現するいわゆる「非・被災地」の新成人たちが映った後に、「一方、今年で東日本大震災から○年が経った△△では」と紹介されて、「被災地の新成人」としてコメントを求められる様を見た時に、我々が彼らにそうさせているんだ、と思った。
思い出したくもないかもしれないのに縛り付けて、振る舞いを押し付けて、えらいね、健気だね、なんて我々の感動のために消費しているような気がして、申し訳なく思った。
私が思い出す彼は、私の中で、まだ少年のままだ。きっと、調べれば名前はわかるんだろうけれど。今何歳になったのかも分かるのかもしれないけれど。偉くなくても、健気でなくても、幸せであればいいな、と思う。
彼だけじゃなくて、東北に住む皆さんが、世間から求められる「被災者」の振る舞いを押し付けられることなく、「被災地」を背負うかどうかは自分で決められるようであってほしい。
背負っても背負わなくても、その道に花が咲いていてほしい。
辛いことは、日々を営む中で起こるし、その全てを、被災地のことも含めて、ずっと覚えていなくても、私はいいと思う。
でも、日本では地震はどこでも起こる可能性がある。明日「被災者」になるのは私かもしれない、ということを今日だけでも意識した方がいい。
自分は、何が大事なのか。自分の隣の人は、何が大切なのか。そういうことを考えて、知ることが、具体的に備えることへのきっかけになると思う。
今日はそういう日に、しませんか。